AIエージェントの正体は、禁断の科学が生んだ恐怖の存在ではない。頭だけのアッシュに、安物のソフビ人形の手足を接着剤でくっつけたような代物だ。
頭だけのアッシュは、ただの饒舌な置物
映画『エイリアン』のアッシュは、胴体を失って頭だけになっても喋り続けた。不穏な台詞を吐き、見る者を薄ら寒くさせる。
だが、電源が入っている限りただの置物だ。手も足もない頭は、誰のことも傷つけられない。悪役にしては、ずいぶん無力である。
LLMも同じだ。どれほど不穏な文章を生成しても、それは棚の上で喋り続ける生首と変わらない。怖いのは言葉の内容であって、実行力ではない。
AIエージェントは、ソフビ人形のチャッピーだ
一方、AIエージェントと呼ばれる存在には手足がある。ただし、その手足はたいてい急ごしらえだ。
映画『チャッピー』で大暴れする人形は、短いながらも手足がついている。アッシュが叶わぬ夢の”ナイフ”という凶器を持つことができるのだ。
企業が華やかなデモ映像で見せる「AIエージェント」も、舞台裏をのぞけば、なんのリスク管理もセイフティーネットもない。無作為な手足の接続だったりする。きらびやかなCGほど、裏の配線は雑だったりするのだ。
本当に見るべきは、頭でも手足でもない
恐ろしいのはアッシュの生首でも、チャッピーの手足でもない。その手足を、誰が、どんな精度で接着したかという一点だ。
見た目の完成度に感心している間に、接着剤の質を確かめる人は少ない。その接着剤の話は、また別の機会に。