タンパク質の折り畳みを解いたAIは、「AIオーケストラ」の最良の見本

AlphaFoldは、LLMとDLを並べて動かしたものではない。ひとつの深層学習モデルの内側に、「文脈を読む力…

Ren Kato

AlphaFoldは、LLMとDLを並べて動かしたものではない。ひとつの深層学習モデルの内側に、「文脈を読む力」と「幾何学的な計算」と「確信度の表示」を、適材適所で組み込んだものである。私が考える「AIオーケストラ」の、最も精緻な見本だと思う。

何が起きたのか

2024年10月9日、ノーベル化学賞が発表された。半分は、計算によるタンパク質の設計で、デビッド・ベイカー。残る半分は、タンパク質の構造予測で、GoogleのDeepMindのデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーである。

タンパク質は、アミノ酸が鎖状につながったものだ。鎖は折り畳まれて、特有の立体構造になり、その形が働きを決める。ところが、アミノ酸の並び(配列)から、立体構造を計算で当てることは、長年の難問だった。

2020年の構造予測コンペ(CASP14)で、AlphaFold2は、主鎖の精度(中央値)が0.96オングストロームだった。次点の手法は、2.8オングストロームである。全原子では、1.5と3.5だった。コンペの共同創設者ジョン・モールトは、この年、問題は「おおむね解決された」と述べたと報じられている。

DeepMindによれば、受賞時点で、190か国の200万人を超える研究者が、この予測を使っている。

LLMではない

AlphaFoldは、「LLMとDLの組み合わせ」と説明されることがある。しかし、論文を読むと、そうではない。

  • 入力:アミノ酸の配列と、近縁の配列を並べたもの(MSA:多重配列アラインメント)。場合によっては、既知の構造(テンプレート)も使う。
  • 出力:文章ではなく、すべての重原子の3D座標。
  • 学習:実験で決まった構造のデータベース(PDB)を使う。

つまり、言葉を生成するLLMとは、別の仕組みである。ただし、「注意機構(attention)」の発想は、言語処理から来ていると、論文は述べている。

中身は、大きく3つの部品でできている。

  1. Evoformer:配列と近縁配列の並びから、「どの残基が、どの残基の近くにあるか」を表す表(ペア表現)を、注意機構で更新する。
  2. 構造モジュール:その表を、残基ごとの回転と移動(3D座標)に変える。空間の幾何学的な性質(回転しても結果が変わらない性質)を、注意機構に組み込んである。
  3. リサイクル:出力を、再び入力に戻し、繰り返して精緻にする。

さらに、各残基について、予測の確信度(pLDDT)も出力する。

オーケストラの比喩で読む

以下は、論文の記述ではなく、私の解釈である。

  • 国語の電卓:配列とその近縁の並びの文脈から、残基同士の関係を読み取る注意機構。
  • 算数の電卓:3D空間の幾何学的な計算と、出力を戻して精緻にする反復。
  • 指揮者:ここは、人間の側にある。モデルは、確信度で「どこを信じてよいか」を示す。そして、答え合わせは、実験による構造決定と、CASPという人間の審査が担う。

私は、AIを「国語の電卓」、アルゴリズムやシステムを「算数の電卓」と呼び、それらをレビューし、最終承認する人間が、指揮者になる、と考えてきた。AlphaFoldは、このうち前の2つを、ひとつのモデルの中に、うまく組み込んだ。そして、確信度という形で、判断を、人に返している。

AlphaFold 3、そして、その後

2024年5月、AlphaFold 3が、科学誌『Nature』に発表された。拡散モデルに基づく構成に更新され、タンパク質に加えて、核酸や、薬の候補となる小さな分子まで、1つの枠組みで予測する。一方で、論文自身が、立体構造の「幻覚」や、複数の形をとる分子の扱いが苦手であることを、限界として挙げている。

2026年の夏には、報道によれば、DeepMindは、AlphaFoldの専任チームを再編した。主要メンバーは、他のプロジェクトや、関連会社へ移ったという。ただし、AlphaFold本体と、予測のデータベース、サーバーは、引き続き公開されていると報じられている。研究者の間では、「目標は達成された」という見方が出ている。構造の変化や、分子の結合の予測は、まだ未解決である。

私のベンチマーク

AlphaFoldの成果を、「天才の所業」と呼びたくなる。しかし、私がフォーカスするのは、才能より、構成である。

  1. 解いたのは、巨大なAIそのものではなく、問題の構造に合わせた設計である。
  2. 答え合わせの仕組み(CASP)が、先に存在していた。
  3. 出力に確信度を付け、最終的な判断を、人に返している。

AIを、どこに配置するか。AlphaFoldは、その問いに対する、ひとつの具体的な答えである。私の「オーケストラ」は、ここを、ベンチマークにする。

根拠・参照


この覚書は、執筆中の書籍の構想メモです。論証の全体は、書籍の中で展開します。

NOTE 一覧へ | トップへ