AIは5年後、10年後に想像もつかないほど賢くなる——そう恐れる声が多い。だが実際には、各社のLLMは同じ山脈を同じ雨で削っているだけであり、むしろ急速にコモディティ化へ向かっている。
同じ山脈を、同じ雨で削っている
各ベンダーが鎬を削って築いているのは、学習データという雨に削られた、同じ構造の山脈(学習モデル)だ。使っている仕組みも、Transformerとアテンション機構という同じものである。
同じ山脈に、同じ雨粒(プロンプト)を降らせれば、近い推論結果に近づいていく。一部のモデルが獲得した高度な推論や脆弱性発見といった機能も、やがて他のモデルにも標準装備されていくはずだ。先端機能の差は、長くは続かない。
次のジャックポットが当たらない限り
ベンダーが依存する力技のアプローチ——スケールをひたすら拡大する方法——は、すでに収穫逓減の法則に囚われ始めている、というのが筆者の直感だ。
呪われた大地をいくら広げても、そこから神の知性が生まれるわけではない。次のジャックポット(創発)が当たらない限り、AIはもうこれ以上、劇的には賢くならない。少なくとも筆者はそう確信している。
残るのは「ディレクションの問題」
恐れるべき未知数はもう多くない。LLMはすでに、「国語ができる電卓」として十二分に賢い。
ここから先の勝負は、この道具の本質と特性を理解した上で、どう使いこなすかという、人間側のディレクションの問題に帰着する。